東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)265号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のとおり記載されていることが認められる。
(一) 本願発明は、プロセス制御に用いるマイクロプロセツサを含む制御用演算器に関する(本願発明の出願公告公報(以下「本願公報」という。)第二欄第二行、第三行)ものであつて、従来のマイクロプロセツサ応用の信号処理装置では、機器本体内のRAM(ランダム・アクセス・メモリ)に組み立てたプログラムの安全性、信頼性向上のためのサービスツールが大がかりとなり、プログラマブルの便利さと引替えにシステムの価格が高くなつてしまう欠点があり、また、計算機応用の制御方式ではソフトウエアの製作が必要不可欠であり、そのためユーザは制御上のノウハウをオープンにしたくないのに膨大な工数を必要とする関係上メーカーに発注せざるを得ず、メーカーはソフトウエアの負担が増大し、平均的価格を押し上げる等の問題点がある(同公報第三欄第四行ないし第一六行)との知見に基づき、右の欠点のない制御用演算器を実現すること(同欄第三三行、第三四行)を技術的課題とするものである。
(二) 本願発明は、前記技術的課題を達成するため本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(同公報第一欄第二行ないし第一六行)を採用したものである。
(三) 本願発明は、前記構成を採用したことにより、アプリケーシヨンプログラム用ROMを交換するだけで、容易に所望の制御目的を有する制御用演算器を実現でき、しかも、アプリケーシヨンプログラムは演算ライブラリイ中のどの機能をどのような順序で実行するかの手順を指定するだけでよく、アナログ演算並の手続でできる制御用演算器が得られる(同公報第八欄第三三行ないし第四〇行)という作用効果を奏する。
そこで、まず引用例記載の技術内容について検討すると、成立に争いのない甲第三号証によると、引用例は、吉兼明諄・蒲生良治共同執筆に係る「計装・制御における応用例東芝・TOSDIC」と題する技術論文であつて、マイクロプロセツサを使用した工業計器システム、東芝デイジタルコントローラシステムについて、その開発時の思想、ハードウエアの特徴等を紹介したものであり、「1.システムの概要」には、「TOSDICは四つの機器からなり、関連装置とも組合わせて各種の総合計装システムを構成することができる。それらはループステーシヨン(DDLS)、コントロールステーシヨン(DDCS)、アクセスステーシヨン(DDAS)、プロセスI/Oステーシヨン(PIOS)である。図1にその基本構成を示す。」(第一一九頁左欄第二六行ないし第三一行)」と記載され、「2.TOSDICのねらいと設計上の基本思想」の「2.3保全度の向上」の項には、
Ⅰ 「標準化されたコントロールプログラム(PROM)には、プロセス計装で補助的に必要である開平演算、警報設定、出力リミツタなどの機能も標準的に実装しておりアナログ計装にくらべ、計器台数の大幅な削減と保全性の向上を可能にしている。」(第一二一頁右欄第二行ないし第六行)
Ⅱ 「一般的なDDC導入のねらいとしては、単なるアナログ調節計のおきかえではなく、例えばサンプリング調節、パルス調節、ギヤツプPIDや有限値設定などの非線形制御、シーケンスとハイブリツド化したバツチ制御、プログラム制御など、プロセスに応じた多様な制御モードを選べる点にある。また、さらにプロセス変量や制御信号との間での複雑な演算や、プロセスノウハウに基づいて、ユーザオリエントの特殊な制御が適用される機会も多い。」(同欄第七行ないし第一五行)
Ⅲ 「TOSDICでは、このようなDDCの特質を生かすために、固定化された標準プログラムのほかに、標準オプシヨンの選択や、ユーザオリエントなパラメータを書込めるエリアを用意している。」(同欄第一六行ないし第一九行)
Ⅳ 「しかし、このようにプログラムが特殊化される場合、マイクロプロセツサのごとくハード化されたプログラム(PROM)を実装する機器では、他のハードウエア(DDCS)との互換性がなくなり、保全性を失なうことになる。」(同欄第二〇行ないし第二三行)
Ⅴ 「DDCSではソフトウエアを機能モジユールと呼び、この中でさらにユーザオリエントな部分を、カセツト化してDDCSの側面に装着している。つまり、DDCSの予備としては、本体一台と機能モジユールを用意しておけばよいことになる。」(同欄第二四行ないし第二八行)と記載され、また、「4.DDCSのハードウエア」の「4.2P-ROM」の項には、
Ⅵ 「メインとなるコントロールメモリー、制御アルゴリズムなどのプログラムはすべてこのP-ROM(Programable Read Only Memory)に収納されており、永久に破壊されることなく保存されている。」(第一二五頁左欄下から第三行ないし右欄第一行)
Ⅶ 「なお、この部分はモジユール化され、さらにその一部をユーザオリエンテツドなエリアとして標準オプシヨンの接続、各種パラメータ用としてカセツト化している。」(第一二五頁右欄第二行ないし第四行)と記載されていることが認められる。
引用例の前記各記載事項によれば、引用例記載のDDCSのソフトウエアのうちユーザオリエントな部分が格納されているのは、Ⅴ記載のとおり、DDCSの側面に装着されたカセツトであり、そのカセツトは、着脱自在であり、かつ交換可能であることが明らかである。また、そのカセツトは、Ⅵ、Ⅶ記載のとおり、P-ROMを形成することも明らかである。さらに、この交換可能なカセツトに格納されているソフトウエアのユーザオリエントな部分の内容は、Ⅱ、Ⅲ、Ⅴ記載のとおり、あらかじめ書き込まれた標準オプシヨンの選択やユーザオリエントなパラメータであるから、ユーザの所望に応じて変えられるものである。そして、ユーザの所望とは、通常ジヨブ毎、アプリケーシヨン毎に異なることは技術上自明であるから、引用例記載のカセツトは、ジヨブ毎、アプリケーシヨン毎に交換されるものということができ、引用例記載のものにおいて、ジヨブ毎に交換されるカセツトに格納されているソフトウエアのうちのユーザオリエントな部分の内容は、ジヨブに対応したアプリケーシヨンプログラムと解するのが相当である。
右認定事実によれば、引用例記載のものにおいて、DDCSのソフトウエアのうちのユーザオリエントな部分(エリア)がジヨブ毎に交換され、そのジヨブに対応したアプリケーシヨンプログラムがカセツトからなるP-ROMに格納されていることが明らかであるから、「本願発明のジヨブ毎に交換され、そのジヨブに応じたアプリケーシヨンプログラム用ROMは、引用例に記載されたDDCSのソフトウエアのうちユーザオリエントな部分であるアプリケーシヨンプログラムが格納されているP-ROMに相当する」との審決の認定に誤りはない。
また、引用例の前記Ⅴの記載事項は、前記引用例の技術内容に照らし、これを平易に表現すれば、「機能モジユールと呼ばれるソフトウエア、すなわちプログラムがユーザオリエントな部分と、そうでない部分との二つに分けられ、そのうちのユーザオリエントな部分がカセツトと呼ばれるプログラム媒体に格納され、該カセツトがDDCSの側面に装着される」ことを意味するということができ、前掲甲第三号証によれば、引用例の図3及び図11(別紙図面二参照)には、P-ROMが一つのブラツクボツクスとして示されていることが認められるが、このP-ROMは実際には、ユーザオリエントな部分を格納するP-ROMと、そうでない部分を格納するP-ROMの二つに分かれていると理解できる。
そして、右ユーザオリエントな部分がアプリケーシヨンプログラムであることは、前述のとおりであり、ユーザオリエントでない部分にシステムプログラム(コントロールプログラム)が存在することは、前記Ⅵ、Ⅶの記載事項から明らかであるから、「引用例記載のものは、システムプログラム用ROMと、アプリケーシヨンプログラムが格納されているアプリケーシヨンプログラム用ROMの二つのROMを有している」趣旨の審決の認定に誤りはない。
この点について、原告は、引用例記載のものは、アナログ調節計と同様な動作をさせることを目的とした装置であり、P-ROMの一部に標準プログラムでカバーできない特別な制御について、ユーザが後日オプシヨンのプログラムやパラメータを書き込んで使用できるエリアを設け、このP-ROMの一部をカセツト構造としたものであつて、本願発明のようにユーザがジヨブ毎に変わる演算式を任意に組み立て、これをアプリケーシヨンプログラム用ROMに格納し、ジヨブに応じてアプリケーシヨンプログラム用ROMを交換することによりユーザが簡単に演算式を決定できるようにしたものではない旨主張する。
しかしながら、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「まえがき」に引用例記載の装置は「数ループの小規模計装(ユニツトプラント)から制御用コンピユータを使つた総合計装システムにいたるまで自由に構成することができ、規模、機能の上下を問わず、今後の計装の中核を担つていくもの」(第一一九頁左欄第一六行ないし第一九行)と記載され、また、「むすび」に「DDAS、PIOSについてはすでに実績のあるTOSMIC―12(中略)をベースにしており、各種機能モジユールの組合せにより拡張性のあるシステムが構成できるようになつている。」(第一二六頁左欄図11下第八行ないし第一二行)と記載されていることが認められ、この記載に前記Ⅱの記載事項を参照すると、引用例記載のものは、原告主張のアナログ調節計に限らず、広い用途に使用できるものであり、一方前掲甲第二号証によれば、本願公報記載の第5図(別紙図面一参照)には、調節計が示され、本願明細書には、この点について「第5図は、本発明を適用する制御システムの一例を示す計装フローチヤート(中略)である」(同公報第九欄第一行ないし第五行)と記載されていることが認められるから、本願発明は調節計の用途にも使用されるものであり、両者の間には用途の相違による構成の違いがあるとすることはできない。
したがつて、本願発明と引用例記載のものとは、「マイクロプロセツサにデータバスを介して接続されるメモリとして、固定のシステムプログラムが格納されているシステムプログラム用ROMと、ジヨブ毎に交換され、そのジヨブに応じたアプリケーシヨンプログラムが格納されているアプリケーシヨンプログラム用ROMとを有する」点において構成が一致している、との審決の認定に誤りはない。
3 次に、原告は、引用例の前記Ⅰの記載中の「標準的に実装しており」とは、開平演算、警報設定、出力リミツタ等の機能が固定化された標準プログラムに実装されていることを意味していると解するのが自然であり、演算ライブラリイとして収容されているのではないこと、及び引用例の図5(別紙図面二参照)からみて、開平演算、警報設定、出力リミツタ等の機能を実現するプログラムが演算ライブラリイに含まれるということはできないことを理由に、本願発明と引用例記載のものとは「システムプログラム用ROMに制御演算を実行するために必要な算術演算、論理演算及びダイナミツク演算等の種々の機能を演算ライブラリイとして格納しておく」点において構成が一致している、との審決の認定は誤りである旨主張する。
そこで、引用例の前記Ⅰの記載中の「標準的に実装しており」の技術的意味について検討すると、前記Ⅱ及びⅢの記載事項によれば、引用例記載のものにおいて、標準オプシヨンとは、例えば「非線形制御、シーケンスとハイブリツド化したバツチ制御、プログラム制御等プロセスに応じた多様な制御」のための機能モジユールであり、これらは所望のジヨブに応じて選択的に利用されることが認められ、その標準オプシヨンの機能はプロセス計装で補助的に必要である開平演算、警報設定、出力リミツタ等の諸機能に比べ次元の高い機能ということができるので、そのより次元の高い機能を選択するに際し、当該補助的に必要な諸機能が選択利用されることは当業者にとつて自明というべきであるから、前記Ⅰの記載中の「標準的に実装しており」とは、標準化されたコントロールプログラムに並列に、しかも諸機能を選択可能に装備することを意味するというべきである。
そして、引用例記載のものの、補助的に必要である開平演算、警報設定、出力リミツタ等の諸機能は、コントロールプログラムに対し、並列に、しかもユーザの必要に応じて選択利用可能に装備されるものであつてみれば、それは、本願発明でいう演算ライブラリイにほかならず、この補助的に必要な諸機能は、本願発明でいう制御演算を実行するために必要な算術演算、論理演算及びダイナミツク演算等の種々の機能に相当し、また、標準化されたコントロールプログラムは、本願発明でいうシステムプログラムに相当することが明らかである。また、引用例の前記Ⅵ及びⅦの記載事項によれば、引用例記載のものの標準化されたコントロールプログラムと補助的に必要な諸機能は、ユーザオリエントでない部分のP-ROMに格納されていることが明らかである。
原告は、その主張の根拠として引用例の図5を援用するが、前掲甲第三号証によれば、引用例には、図5について、「DDLSとDDCSの間を機能分割すると図5のように表現できる。」(第一二三頁左欄図5下第一二行、第一三行)と記載されているから図5は各ブロツクを機能表現しているものであり、また、DDCSについて「TOSDICでは、これらの機能をDDCSのプログラムリンケージで処理しているため、DDLSは一機種のみである。同様に、DDCSもハードウエア的には一機種のみである。」(第一二一頁左欄下から第三行ないし右欄第二行)と記載されているから、それらの機能はソフト的に処理されていると認められる。
右認定事実によれば、引用例の図5は、調節計システムとして、あるプロセスが選択された場合の各機能モジユール間のソフトウエア的な関係を示しているものであり、それらの関係は、調節計システムという、より次元の高い機能を所要のプログラムにより補助的に必要である開平演算等の諸機能を用いて構成する場合の各機能の関係を示したものと理解され、それは引用例記載のものにおける機能モジユールの一例にすぎず、これをもつて、開平演算等の諸機能が演算ライブラリイを構成しないということはできない。
したがつて、本願発明と引用例記載のものとは「システムプログラム用ROMに制御演算を実行するために必要な算術演算、論理演算及びダイナミツク演算等の種々の機能を演算ライブラリイとして格納しておく」点において構成が一致している、とした審決の認定に誤りはない。
4 本願発明と引用例記載のものとの相違点すなわち、本願発明は、アプリケーシヨンプログラムが演算ライブラリイ中のどの機能をどのような順序で実行するかの手順を決定するのに対し、引用例にはその旨の記載がない点についての判断に当たり、審決が認定した<1>一般にプログラムは、一定の表記規則に従つて計算機の処理手順を決定しているものであることは周知であり、プログラム作成に当たつて、プログラミング又は計算機処理の能率上、種々の関数やサブルーチン等いわゆる演算ライブラリイを利用することは普通に行われていること、<2>制御用演算器が必要な制御演算を実行するためにアプリケーシヨンプログラムを作成するに当たり、プログラム作成上の観点から演算ライブラリイを利用することは当業者にとつて自明であることは、当業者間に争いがない。
原告は、本願発明は、ジヨブ毎に変わる演算式をユーザが組み立て、その手順をアプリケーシヨンプログラム用ROMに格納しておき、右ROMを交換することにより、ユーザが簡単に演算式を決定又は変更できる演算器に関するものであり、右<1>及び<2>の点から前記相違点についての本願発明の構成を得ることはできない旨主張する。
しかしながら、引用例記載のものは、固定したシステムプログラムが格納されているシステムプログラム用ROMと、ジヨブ毎に交換され、そのジヨブに応じたアプリケーシヨンプログラムが格納されているアプリケーシヨンプログラム用ROMに相当する二つのROMを有しており、前記システムプログラム用ROMに相当するP-ROMに制御演算を実行するために必要な種々の機能を演算ライブラリイとして格納していることは、前記2及び3認定のとおりである。このことに、本件出願当時、審決認定の前記<1>が普通に行われていたこと、及び<2>が当業者にとつて自明であることを総合すれば、アプリケーシヨンプログラムが演算ライブラリイ中のどの機能をどの順序で実行するかの手順を決定する程度のことは、当業者が容易になし得ることと認められる。
原告の前記主張は、引用例記載のものが右認定の構成を有しないことを前提とするものであつて、その前提に誤りがあるというべきである。
さらに、原告は、審決は、引用例記載のものとの構成上の相違に基づき本願発明が奏する作用効果を看過したものであつて、「相違点に格別発明力を要したとは認められない」とした審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、引用例記載のものは、固定したシステムプログラムが格納されているシステムプログラム用ROMと、ジヨブ毎に交換され、そのジヨブに応じたアプリケーシヨンプログラムが格納されているアプリケーシヨンプログラム用ROMに相当する二つのROMを有しており、アプリケーシヨンプログラム用ROMはユーザの所望に応じて変えられる構成のものである以上、右及び
したがつて、審決には原告主張の本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した誤りはない。
そうであれば、前記相違点に係る本願発明の構成は、「当業者が必要に応じて適宜になし得る事項である。」とした審決の判断に誤りはない。
5 以上のとおりであつて、本願発明と引用例記載のものとの一致点についての審決の認定、及び両者の相違点についての審決の判断は、いずれも正当であつて、審決に原告主張の違法は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
マイクロプロセツサにデータバスを介して接続されるメモリとして、固定のシステムプログラムが格納されているシステムプログラム用ROMと、ジヨブ毎に交換され、そのジヨブに応じたアプリケーシヨンプログラムが格納されているアプリケーシヨンプログラム用ROMとを有し、前記システムプログラム用ROMに制御演算を実行するために必要な算術演算、論理演算及びダイナミツク演算等の種々の機能を演算ライブラリイとして格納しておき、この演算ライブラリイ中のどの機能をどのような順序で実行するかの手順を前記アプリケーシヨンプログラム用ROMに格納されたアプリケーシヨンプログラムにより決定し、制御演算を実行するようにしたことを特徴とする制御用演算器
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面一
<省略>
(他は省略)